自分の仕事に誇りを持っていますか?

『自分の仕事に誇りを持っていますか?』
イヤイヤやって上がる成果は限られています。周りの人にも迷惑がかかります。本当に自分が誇りを持てる仕事、また誇りを持てるやり方で責任を果たしましょう。

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誇りに思う気持ちは、感謝の気持ちに似ています。
この仕事につけたことを誇りに思うとき、
そんな気持ちで仕事をできることへの感謝の気持ちが、
自然に湧き出てきます。

そして、
「ありがとうございます、この仕事を私に与えてくれて」
と思うときには、
「だからこそ、しっかりしなくては!」と思うわけです。

それが責任を果たすことへのコミットメントです。
誇り、感謝、責任感は、すべてつながっています。

(M)

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謙遜することで行動や果たすべき責任から逃げていませんか?

『謙遜することで行動や果たすべき責任から逃げていませんか?』
謙虚であるということと、へりくだることで何かを回避したり何かを手に入れようとすることは、違います。腰は低いが頭が高いというような状態になっていないでしょうか。

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尊大な態度を取る必要はないのですが、
できることは「できます」と言いましょう。

あまり自信がないときでさえも、
「私、それできます!」と手をあげることで、
周りの人たちやその場が、
救われたり助かったりすることがあるものです。

「あの人、厚かましいわね」とか、
「あの人、自信過剰ね」とか、
「あの人、でしゃばりね」と言うような人は、
放っておけば良いのです。

その人が手をあげないことで、
本当に周りの役に立っているかどうか、
ということに考えを向けられていないだけのことなのですから。

(M)

自分の名前に込められているであろう意味や願いを知っていますか?

『自分の名前に込められているであろう意味や願いを知っていますか?』
自分の名前を気に入っていないのであれば残念なことです。名前に込められた意味や願いがあるとするなら、それはあなたの人生を賭して体現する価値のある、美しいことです。

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どんなことでも、そこに意味があると思えば、
意味が生まれます。
そんなものはないと思えば、
意味のないこととして通り過ぎていきます。

自分の名前を好きかどうか、気に入っているかどうか、
という話ではありません。

そこに意味が込められていると(仮にでも)するならば、
あなたはそこに何を見出すことができるでしょうか?
そこに何かを見出そうとする気があるでしょうか?
という提案です。

(M)

個人の力とコミュニティの力を信じていますか?

『個人の力とコミュニティの力を信じていますか?』
ひとりではできないことも、誰かと協力することで実現可能になります。人と人との掛け算で前に進みましょう。

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人と共に力を合わせられない人には、いくつかのパターンがあります。

①すべてを自分でコントロールしたい。
②他人の力を信用できない。
③協力を要請する方法を知らない。
④協力し合うのは恥ずかしいことだと思っている。
⑤成果を自分だけの手柄としたい。

など、さまざまです。
いくつかが絡まりあっていることも多いでしょう。

個人の力を信じる人は、コミュニティの力も信じられるはずなのです。
そして、コミュニティの力を信じられる人は、
個人の力も信じられているということです。

あなたはどうですか?

(M)

「変わること」と「変わらないこと」を尊重していますか?

『「変わること」と「変わらないこと」を尊重していますか?』
あなたが変わるのも変わらないのも、あなたの選択です。誰かが変わるのも変わらないのも、その人の選択です。ただし、意図をもって選択することのパワーを活かさないのは勿体ないことです。

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不変の中の美しさや強さもあり、
変化の中の美しさや強さもある。

時の流れの中で、
あなたはどんな不変とどんな変化を見たいですか。

変わらぬよう守りたいものはなんですか?
変わるよう働きかけたいものはなんですか?

意図的にあなたの世界を創ってください。
あなたにはその力があるのですから。

(M)

自分に「執行猶予」を与えて、先延ばしにしていることはありませんか?

『自分に「執行猶予」を与えて、先延ばしにしていることはありませんか?』
「あと10年経てば、今よりもましな自分になっているかもしれない」と根拠のない猶予を与えていないでしょうか。あと何年生きるつもりの今日ですか。

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もし残りの人生が短いのであれば、
その一日一日を無駄にすることはできません。
かと言って、長生きすれば、一日を無駄にして良いのか、
と言えば、そんなはずはないでしょう。

与えられた時間の中で、何をどれだけ、
どんなふうに成すことができるのか、
そのチャレンジが続くのが人生なのだと思います。

長くても、短くても、それが人生なら、
先延ばしにする必要がどこにあるでしょうか。

一日一日、一瞬一瞬を大切に生きたいですね。

(M)

「暫定ベストで、常に前進!」していますか?

『「暫定ベストで、常に前進!」していますか?』
まだ完全ではないからと躊躇し、先延ばしにしていることはないでしょうか。暫定ベストで前進し、その後に自己ベストを更新し続けるのです。

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知識が足りない、経験が足りない、人脈が足りない、お金が足りない…。足りないものなど、いつでも、どこにいても、たくさんあります。

それを言い訳にして何もせずにいることが、どれだけ楽なことなのか、そのことに気づかぬふりをしていませんか?

暫定ベストでやってみる、ということは、開き直るのとは違います。

「こんなに足りないものだらけの私だけれど、ベストを尽くすことを誓って行動します」と、コミットすることなのです。

それは開き直りとは正反対の、非常に謙虚さを必要とする選択です。謙虚であればこそ、思い切った前進ができる。一見矛盾するようですが、そういうものだと思います。

(M)